近藤研究室
0016126 米山 明恵
0116088 永森 智美
1 目的
建物外被の熱的性能を向上させる方法のひとつに、日射反射率の高い塗料(以下、高反射率塗料と記す)を塗布し、建物外被が受ける日射熱量を軽減することが考えられる(図1参照)。本研究では実測により、高反射率塗料の遮熱性能の観点から省エネルギー効果を検討する。また、高反射率塗料を建物外被に塗布したことにより日射吸収量が軽減し、都市部のヒートアイランド現象が暖和される可能性について検討する。
2 実測概要
2.1 対象建築物
実測対象は、東京都足立区にある小学校(廃校)の屋上と最上階(3階)の教室とした(表1、写真1参照)。
2.2 測定期間および測定ケース
表2、図2のように、性能の異なる高反射率塗料(5種類)塗布、塗料なし、一般塗料塗布の計7つの外被(屋上面)の状態について、夏期(2004年8月4日〜25日)における換気あり・換気なしの測定(表3参照)を行った。既往の研究では 文1) 文2) 白色、黒色の高反射率塗料を適用した場合について研究してきたが、本研究では灰色(N61))の塗料を用いた。各塗料の分光反射率を図3に示す。
2.3 測定項目および測定点
測定位置、測定項目および測定方法を表4に、また測定点を図4に示す。
3 夏期実測の結果
日射量および外気温3) の値が比較的近い日を各測定ケースから1日ずつ選択し(図5参照)、比較検討する。比較に用いた測定日とその日の外界条件などを表5に示す。
(1) 屋根表面温度の比較
図6より、日射を直接受ける屋上表面は塗料なしの教室と比較して高反射率塗料を塗布した教室ではいずれも温度上昇が大幅に抑制されている。一般塗料でも若干低く抑えられてはいるが、高反射率塗料とは正午前後における温度差は10〜15℃となる。また日没後いずれの塗料も温度が下降するが、高反射率塗料は塗料なし・一般塗料に比べ1〜3℃温度を低くなっている。このことから高反射率塗料には日中の蓄熱軽減効果も伺える。
(2) 屋根裏表面温度の比較
屋根裏部分は高反射率塗料の有無の差が顕著であるが、図7より特に躯体表面温度においては温度上昇のピークにあたる19時前後など、高反射率塗料を塗布した教室のほうが5〜7℃低く抑えられている。屋根裏表面温度における換気の有無による差異はほとんどない。
(3) 教室空間温度の比較
図8より、塗料による空間温度の差異は最大でも2〜3℃と小さい。これは測定空間が小学校の教室であったために、窓ガラス面が広く、また小学校用のカーテンによる日射熱吸収が大きく、これらの影響が大きく現れたと考えられる。換気時間帯11〜14時における教室内空間温度(図8(a)参照)は各塗料とも外気温に近づき、換気を終えた14時以降急激に上昇し、ピークは換気の有無に関わらず16時過ぎに現れる。その後日没までの間に急激に下降するが、翌日までの温度変化は穏やかである。グローブ温度についてもほぼ同様の温度分布がみられたため図は省略する。
なお、教室空間温度では塗料なしよりも一般塗料を塗布した教室のほうが最高温度付近では高い値を取っている。これは測定教室の配置から、塗料なしは隣室塗料Eを塗布した教室の影響を受け、また、一般塗料を塗布した教室は左右塗料なしの教室に挟まれるかたちとなり同じく隣室の影響を受けたことが大きいと思われる。
4 日射熱負荷軽減とヒートアイランド緩和の検討
ここでは屋根面での熱収支を検討することにより、高反射率塗料を塗布した場合と塗布していない場合を下記の2点に着目して比較する。
①日射熱負荷:高反射率塗料の塗布によって、屋根からの日射熱負荷をどの程度軽減できるかを検討する。
②大気への顕熱放熱量:高反射率塗料を都市の建物屋根などに塗布した場合、都市部の日射吸収量が軽減し、ヒートアイランド現象が緩和される可能性がある。ここでは屋根面から大気への顕熱放熱量がどの程度減少するかを検討する。
4.1 検討概要
2章、3章で検討した屋根を対象として熱収支の検討を行う。表7に計算ケースを示す。高反射率塗料を塗布していない場合(Case1)と高反射率塗料を塗布した場合(Case2)の比較を行う。高反射率塗料を塗布していない場合(Case1)では、日射反射率Prを0.27、長波超放射率rsを0.96とし、高反射率塗料を塗布した場合(case2)では日射反射率ρrを0.52(灰色高反射率塗料)、長波長放射率rsを0.90とした。
4.2 計算方法
(1) 屋根面における熱収支
図9に示す屋根面での放射収支式と熱収支式に基づいて検討する。計算式を表8,10に示す。まず、放射収支式から求められる正味放射受熱量(R)を求めた。その際、屋根面への入射日射量(J)、外気量(T)、屋根面温度(Ts)は測定値を用いた。次に熱収支式を検討した。熱収支式中の顕熱流(V)と潜熱流(LE)は測定結果を用いて表8中に示す式により推定した。また、屋根への伝導熱流(A)は熱収支式の残差として求めた。
晴天日(8月20日)および曇天日(2004年8月23日)の測定データを用いた。晴天日と曇天日の代表日として実測期間内で日積算日射量が最大・最小となる日5)をそれぞれ選んだ。図10に曇天日の外気温および日射量を示す。想定した計算条件を表9に示す。外部風速は気象庁発表6)のものを高度z=10mに換算した値を用いた。
(2) 都市内の建物屋根面からの顕熱放熱量
屋根面における熱収支の検討結果から、東京都の各地区(23区、新宿、世田谷、日本橋)の建物の屋根を高反射率化した場合、顕熱放熱量をどの程度低減できるかを検討した。東京都各地区内の建築物の屋根面に着目し、全屋根面がコンクリートであると想定した場合と灰色高反射率塗料を塗布した場合を比較する。この際、グロス建ぺい率 文6)、文7)、文8)を利用した。具体的には前述のCase1とCase2の屋根裏から大気へ放出する顕熱流量の差にグロス建ぺい率の割合を掛けて検討した。
4.3 計算結果
4.3.1 屋根面における熱収支
図11の晴天日における伝導熱流(A)の変化から、日中屋根面が日射熱を吸収し、屋根面から建物内部へ熱が流入することがわかる。一方、夕方から朝方(16:00〜8:00頃)までは屋根内部から屋根表面へ熱が流出し、その結果屋根面から大気へ放熱している。また、日中はCase2(高反射率塗料を塗布)の方が屋根に吸収される熱量が少なく、また、夜間大気へ放出する熱量も少ない。すなわち、日射反射率の高いCase2は日中屋根に蓄えられた熱量が少ないため夜間に放出する熱量も少ない。図12の曇天日の結果ではCase1とCase2とも終日にわたって値が小さく、大きな差は見られない。
屋根面から流入する熱負荷を表11に示す。この表では屋根面での熱収支の残差として求めた伝導熱流(A)と屋根の内外表面温度の測定値から求めた伝導熱流(A’)の双方による結果を示す。残差で求めた伝導熱流は晴天日のCase1が大きく、Case2の約1.3倍であった。このように、高反射率塗料を塗布した方が建物への熱負荷が小さくなる。曇天日ではCase1とCase2では差異がほとんどなく、値が小さかった。また、残差で求めた伝導熱流と測定値により求めた伝導熱流を比較すると、残差で求めた方は変動が大きい。これは、風速による測定値の変動が顕熱流に反映し、その結果、伝導熱流も変動した。一方、曇天日では残差で求めた伝導熱流の絶対値が小さい。これは蒸発量の影響であると考えられる。曇天日の代表日とした8月23日は少量の降雨(1日総降水量は3mm)があったため、このことを考慮すると潜熱流が増加し、伝導熱流が減少すると考えられる。しかし、今回の計算では潜熱流の値が小さく評価されている。
図11より、晴天日の日中Case1(コンクリート)は屋根面から大気に向かう長波放射(Le)が増加している、これはCase1(コンクリート)の方が日中屋根面の温度上昇が大きいためである。また、晴天日と曇天日を比較すると表12よりCase1とCase2の顕熱流放出量の差は非常に大きい。このことから、屋根面の日射反射率が顕熱流放出量へ与える影響が大きいことがわかる。また、日射量が増加する夏期晴天日の日中に高反射率塗料の影響が顕著に現れている。
4.3.2 東京都の各地区における顕熱放熱量
各地区の建物の屋根を高反射率化することによって大気へ放出する顕熱流がどの程度低減されるかを表13、表14に示す。東京都23区の屋根面を高反射率化することによる顕熱流の低減量は、晴天日の場合、東京都23区で発生する夏期日の人工排熱量の57.2%に相当し、曇天日においても、人工排熱量の11.8%に相当する。また、人工排熱量の全熱量は日本橋、新宿、世田谷の順で小さくなるが、各地区の人工排熱の特色を考慮すると、日射量が最も増加する日中に顕熱排出量の割合が大きい(夏期14時の値を参照した場合)文6)世田谷、日本橋、新宿の順に有効であると推定される。
5. まとめ
本研究では、夏期実測から得られた測定データをもとに5種類の灰色高反射率塗料の遮熱性能を検討した。また、熱収支式および放射収支式を使用して東京都の各地区を分析し、建物の屋根の高反射化が都市の熱環境へ与える影響について検討した。以下に得られた知見を示す。
- (1) 東京都足立区にある小学校の屋上に5種類の灰色高反射率塗料、塗料なし、一般塗料塗布の計7つの屋上面の状態について測定を行った。この結果、高反射率塗料を塗布した場合、屋根表面温度が日中の晴天時で約10℃一般塗料に比べ低くなった。また、日没後においても屋根裏表面温度に顕著な差が見られることから高反射率塗料による日中の日射熱の蓄熱を低減する効果が日没後にも現れたと考えられる。
- (2) 屋根面における熱収支の検討により、屋根を高反射化することによる日中の熱負荷軽減効果を確認した。また、日中の蓄熱の低減が日没後の建物躯体から大気への放射量を減少させることを確認した。また屋根から大気へ放出される顕熱流(V)についても屋根の日射反射率が大きく影響していることを確認した。
- (3) 都市地区別に建物の屋根を高反射化した場合を検討した。この結果、日射反射率が増加することにより、屋根面から大気へ放出する顕熱流量が減少することを確認した。また、各地の人工排熱量と比較した。
[謝辞]
本研究を進めるにあたり東京都環境局・光本和宏氏、武蔵工業大学技術員・長澤康弘氏に多大なご指導ご協力を賜りました。また同研究室研究生・阿部有希子氏、同大院生・大木泰祐氏には実測準備から細部に至るまで大変多くご助言を賜りました。ここに記して深く感謝の意を表します。
- [参考文献]
- 文1) 近藤、長澤、入交:高反射率塗料による日射熱負荷軽減とヒートアイランド現象緩和に関する研究:空気調和・衛生工学会論文集No.78(2000.7), pp15-24
- 文2) 近藤、長澤、大南:黒色高反射率塗料による住宅屋根の日射反射性能の向上・日本建築学会大会学術講演梗概集(北陸)D-2環境工学Ⅱ(2002.8), pp.117-118
- 文3) 近藤純正:地表面に近い大気の科学:東京大学出版会(2000.9)
- 文4) 近藤純正:水環境の気象学地表面の水収支・熱収支:朝倉書店(1994)
- 文5) 新建築学体系編集委員会:新建築体系8自然環境:彰国社 (1984)
- 文6) 足永、李、尹:顕熱潜熱の違いを考慮した東京23区における人工排熱の排出特性に関する研究:空気調和・衛生工学会論文集No.92(2004.1), pp121-130
- 文7) 泉、松山:東京都23区における屋根面積の実態把握と屋上緑化可能面積の推計:日本建築学会計画系論文集 No.581(2004.7)pp83-88
- 文8) 国都道府県市区町村別面積調査書:建設省国土地理院(1998〜2002)
- [注釈]
- 1 ) マンセル表色系における明度。理想的な白、黒を10、0としてその間を段階に分けて表したもの。
- 2 ) 東京都建材試験センターより提供された2004年9月測定データから。
- 3 ) 外気温は実測データが直達日射の影響を受けていたため、近隣の東京都足立区内某所における測定データ(METROS)で代用した。
- 4 ) 1分毎の値を積算した数値。
- 5 ) 日射量の差が最大で前日降雨なしおよび当日降雨なしまたは降雨が短時間の日を選定した。
- 6 ) 気象庁発表統計データより。観測所東京都管区(練馬)気象台:東京都練馬区豊玉上(風速計高さ7.9m)ゆえにZA=7.9m。
- 7 ) 東京都建材試験センターより提供された2004年測定データより夏期実測で使用した5種灰色塗料の平均を求めた数値。
- 8 ) 大気放射率は文4)p138における快晴時の水蒸気量少ないとき最大値の値を与えている。
- 9 )文4)p138における降水時の最小値を与えている。
- 10 ) 東京都足立区内で行った夏期実測で得られた日射量。
- 11 ) 主に大気中の水蒸気などの分子や微粒子などから地表面にくる長波長放射。
- 12 ) 東京都足立区内で行った下記実測で得られた屋上表面温度、高反射率塗料塗布の屋上表面温度は夏期実測で使用した灰色5種の平均を求めた数値。
- 13 ) 絶対湿度は空気の飽和絶対湿度表より夏期の近似式を導出し求めた。
Xs=0.0397θ-0.6546θ+11.5285(15≤θ≤40)[g/kg] - 14 ) 地表面の風速分布に対する空気学力的(流体力学的)粗度
- 15 ) 気象庁発表統計データより。観測所東京都管区気象台:東京都千代田区大手町。
- 16 ) 夏期日の平均で計算した数値
- 17 ) 日本橋は中央区の値を用いた。
- 18 ) 1時間毎の値を積算した数値。
- 19 ) 実測値を使用して以下の計算式より求めた。
A’=(Ts-Tr)λ/d[W/㎡]
Tr:屋根裏表面温度[K]、λ:熱伝達率[W/m・K]、d:スラブ厚[m]
- 9.実測による高反射率塗料の遮熱性能および都市気温への影響 >>ダウンロード